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■2012年08月23日(木)  夏の廃道ツアー後編「敗走・・・日原街道旧道」
さっき
つくりかけのざっきまちがえてういんどうとじちゃった。
まじでもうやるきしねえ。
でもまだじょばんだったから、なんとかもういっかいかこうとおもう・・・

というわけで簡潔に行こうと思う。こんなモンに何時間もかけてられねぇよ('A`)y-~~~(投げやり)
保存しなくても書いてる文章くらいキャッシュに残しとけよな、もう2012年だぞ(そういう問題ではない)


さて、我々は丹波山温泉のめこい湯で温泉と食事で体力を回復、少々の休憩をしたあと、すぐに出発した。
この後日原街道、そして前回紹介した吹上隧道群をまわって日帰りとなると、時間が押し迫っていたからである。




国道411号線、奥多摩湖にかかるとても綺麗なアーチ橋。
車内から過ぎ去りざまに撮ったので、名前も何もかも不明だったが、わりと新しそうな橋に見えた。
後の調査でこの橋は峰谷橋、昭和32年竣工の下路リブアーチ橋である。
新しそうに見えたのは、この鮮やかな赤い塗装のせいかもしれない。
ちなみにこの他にも、奥多摩湖にはアーチ橋がかかっている。




またも車内からとっさに撮った写真になるが、なぜだかわかるだろうか?
道路とトンネルはいいとしても、左上にコンクリートの立派な高架橋が見えるであろう。そしてその緑の覆い被さり具合からして、これは確実に廃橋であろうことが伺えたのだ。
σ(^^)とドライバーMKtinにより、車内はしばし興奮のるつぼになった。

後の調査によると、この廃線跡はもともと東京都水道局小河内線として東京都水道局により施設された貨物線であった。後に奥多摩工業に譲渡され、その敷設名「水銀貨物線跡」としてかなり有名な物件になったようだ。昭和27年運用開始路線。

さてさて、そんなこんなで車はいよいよ国道411号から都道204号、日原街道へと進入していくのだ。




日原街道を走っている途中、目にすることになるこの鉄橋。
これはこの先の日原が「鉱山」として奥多摩工業により開発されていることの証だ。
この路線はトロッコ線で、現役稼働中の鉱山施設の一部である。
稼働していると、上を行き交うトロッコの姿とゴロゴロという音が聞こえるらしいのだが・・・今は稼働していないようだ。




日原街道は山奥へ向かう道なので・・・例に漏れず狭い。
カーブ箇所はどれもブラインドカーブで、写真のような「警笛ならせ」標識とともに待避所アリなどの標識も散見された。
昼間はこの奥にある代表的観光地「日原鍾乳洞」目指して車が来るため、ガードマンを置いて交通誘導(交互通行)をしているほどである。

やがて、日原街道唯一のトンネル「日原トンネル」をくぐると、我々の目的地に着いたようだ。
大多数の人が目指す鍾乳洞は、まだ先である。




ちょっとこの駐車スペースを見て欲しい。
日原トンネルを抜けてすぐのところにある、大変便利なスペースなのだが・・・
そのほとんどが空中に位置している。
まず落ちることはなさそうな立派な作りだが、いかに道に幅がないのかがよくわかる一幕である・・・
そして、ここよりは徒歩で日原トンネルに向き直る。




現道、日原トンネルである。鍾乳洞側抗口。
長さ1107m、昭和54年竣工。現道とはいえ、内部はカーブが続き路面が微妙にでこぼこしていて走りづらい。改良の余地はありそうだ。
まあ、それはおいといて・・・このトンネル抗口付近から旧道へ抜ける道があるはずなのだが。見た感じはトンネル→すぐに橋(登竜橋)となっていて旧道らしきものはみえないが・・・




正解はここである(わかるか!)
トンネル出口と登竜橋の間にわずかな地面区間がある。
そこを横切る道こそが、トンネルなんかなかった昔から存在する古き道なのである。
写真のように、脇からトンネル外周に緑の道が見える。

いざ、進入・・・




この後いきなり左カーブで正面(トンネルと同じ方向)に向き直るのだが、その途端に廃道の空気が我々を包んだ。

右は、ガードレールはそうなのだが、円柱ではなく角柱の柱で支えられている。現道では見たことがない形式であるが、これはかなり古い初期のガードレールに見られる特徴らしい。そうでなくてもいい廃れ具合である。
左の交通看板、トンネル内カーブありとなっている。もちろん、そのトンネルとは今し方通った日原トンネルではない(同じくカーブしているが)。その交通看板が注意を促したトンネルが、今目の前に現れる。




あちゃ〜。標識が折られて崖に落っこちかかってるよ。
こいつには「日原トンネル 延長397m」と書かれている。
現道は1107m。すなわち・・・旧トンネルと言うことになる。そして、それは言うまでもなく廃隧道である。
ちなみにこの標識、数年前は普通に廃隧道前に立っていたようだ。




これがその廃隧道、旧日原トンネルである。
明らかに2車線はない規格で、センターラインもない。カーブもある見通しの悪さで、トンネル内離合は無理だったのだろう。反射板の輝きでカーブがわかると思う。
落ち葉がある程度つもっているが、十分通行可能な廃隧道・・・

・・・のようだ・・・が・・・




がっしゃーん。
頑丈な鉄格子と鉄網で強固に閉鎖されている。
どうもこのあたりから奥多摩工業の鉱山内の敷地らしく、閉鎖面に発破警告の合図について、などが貼られていた。右の禁漁区などは、遙か崖下に日原川が流れてはいるものの、ちょっと謎である。
このようなちょっと恐ろしげな鉱山の雰囲気であるが、実際採掘をしているのははるか先、現日原トンネル東京側抗口付近であることは事前にわかっていたため、たいした驚異ではなかった(つーか、この看板も知っていた)。




さてと、隧道が入れない以上は、旧道探索はできない。
旧道が無理となれば・・・旧旧道に決まっている。
旧日原トンネルのさらに外側を通る道、それが日原街道旧旧道なのだ。

つ・・・ったけど・・・道、ない? なんか崩落してるんすけどー。。。
(石垣の下が旧旧道と思われる)

進むしかない。




大崩落!
いや、もうどれが道なのか全くわからない。斜面をへつって歩くため、上下動が加わって、この壁が路面補強なのか法面補強なのかも不明なくらいだ。
でも、コンクリートの補強ならそう昔の話ではないはずなのだが・・・この路面状況って(というより路面はすでに存在していない)。

う〜む、すごいところに来てしまった。
仮にも昭和の都道跡なのに、このしまつ・・・

こりゃ記念撮影かな(何ぃ)




このときは、まだ余裕があった我々・・・
この先、予期せぬ(いや、していたが予想以上だった)事態に、写真を撮る暇すらなくなっていくのであった・・・
そしてそれはもうすぐそこ!

あああ〜写真がねぇ!!
この後完全崩落により、がれきの斜面と化した道(?)を行くことになるが、動画にしていたのと、バッテリーがなかったのと、撮る暇もなくなったので・・・斜面の写真がない。

あ、そうか・・・動画から切り出せばいいのか(*'д')ゞ




実際、このような斜面をわたる。
とにかく、一面、キレーな巨大ながれき斜面になっている。
ここの徒渉があるからこそ、日原はネットで有名になったのかもしれない。それくらいの大崩落斜面である。
なお、写真の遙か遠く、左中央付近に黄色いスイフトスポーツが点になって見えている。

我々は最初こそ足を滑らせながら歩いたものの・・・途中から用意していた軍手をはめ、四つんばいになって渡った。
なぜなら、このような総がれきの斜面は手がかりも足がかりもないため不安定だからだ。そして何より、固い地山がないため、足のみ体重をかけるとそこから崩れだしていくためである。四つんばいにより少しでも体重を分散しなければならない。




途中、地面の固いところで小休止して撮った写真。
日原渓谷が鍾乳洞方面へ一望できる。景色はいい場所だ。

だが・・・景色を楽しむ暇などない。足場が安定している休憩場所でも。
なぜなら・・・午後の日差し直下でめちゃくちゃ暑いのだ!!
正確には薄曇りだったのだが、直前まで炎天下だったため・・・がれきの山全体が熱を持っている。暑い、とにかく暑い。
軍手で汗をぬぐうが、すぐにずぶ濡れになってしまった。

それでも、ここを突破したい・・・




大崩落斜面の反対側まで来た。
ここは頭上を見上げると、写真のような道路遺構が見られる。
おそらく落石防止ネットの類だろう。めちゃくちゃに破壊されて丸まってしまっていた。

ここから先・・・

えっと・・・道は・・・




わからない!!
道の痕跡がまったくわからない!!
岩と落ち葉の不安定な斜面が眼前に広がるのみであった。

ああ、それにしても暑いな・・・
斜面を渡りきった体からは、ありえないくらいの大量の汗が滝のように流れていた。
石の上にボタボタと滴が落ちる。

持ってきていた水分も、空になってしまいそうだった。
着ているものは汗でずっしりと濡れ・・・戦意が失われていく。

これは・・・退却だな・・・




我々は無念の退却を余儀なくされた。
この先、無理して進んで仮に道を見つけても・・・戻るときはまた同じ道を戻らなければならない。向こう側に出口がないのは事前情報で知っていたからだ。それが決定打だった。
せっかく大崩落を超えたのに・・・
若く無茶がきく世代なら、間違いなく行っただろう。しかし、我々はもう十分に後先を考える年代になったのだ。明日は仕事、今日もこれで終わりではない。ここでの退却は苦渋の決断であり、後から思えば英断でもあった。

再び、汗を吹き出しながら大崩落を逆に超えていく。
人間、慣れというものがあるようで・・・帰りは慎重になりながらも、ハイペースで渡ることができた。コツでも掴んだのか?
しかしここは・・・灼熱の石山地帯は、盛夏に来るべきではなかった。




車の位置まで戻って、大崩落斜面を見る。
先ほどはあそこにへばり付き、渡っていた。考えてみれば道路からすべて丸見えじゃないか・・・

崩落斜面から生還したときは本当に嬉しかった。
生還、というのがさほど大げさに思えないほどの条件だったのだ。
何度か足を滑らせたときは、本当にヒヤッとした。転がる石が止まらずに沢に吸い込まれていく様・・・まさに滑落したときのじぶんと重なるものがあった。
体力を急激に奪われたために、やや悲観的になってしまっていたのかもしれない。
生還を果たした後に車で体の火照りを鎮め、着替えを用意したのだが、汗はしばらく止まる気配がなかった。

久々の、冒険といえる行動であった・・・
日原の旧道は、これまで何人かの廃道趣味人を通してきたが、そこには容易ではない壁があった。
生還当時は、もう二度とくるもんか、などと思ってはいたが・・・
機会があれば・・・涼しい時期に再チャレンジしたい、今はそう思えている。

この後、我々は水分を求めて自販機を探し回るのであった。




廃道・・・それは、日常にはない魅力ある空間であり、人と自然の歴史でもある生き証人だ。訪れる価値は大いにあり、巡ることにも意味があると思う。趣味として大事にしたい一つだ。
しかし、そこはもはや安全ではない・・・そのことも、念頭に置いて楽しみたいと思っている。

これにて、夏の廃道ツアーを締めくくろうと思う。
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■2012年08月21日(火)  夏の廃道ツアー中編「旧雛鶴トンネル・吹上隧道群」
さて、続きといきましょう。

前回、凄まじき県道515号線を終え、我々は次の目的地へと赴くのだった・・・
ここからは、時系列ではなくなることがあるのでご了承いただきたい。




途中の集落あたりでは、写真のような廃鉄塔も見受けられ・・・
その他、高規格鉄塔とローカル鉄塔のコラボ、かなり古い規格の鉄塔群など・・・なかなか鉄塔マニアにも受けそうな場所であった。




心地よいワインディングを1時間ほど走ると・・・
いよいよ、道はメインの県道から旧道へと梶を切る。鬱蒼としてくる景色に、否が応でも期待は高まるのだった。
しかし・・・不安もあった。この先にある隧道は6年前に来ているのだが、それ以降のことはわからないのだ。もしかしたら、通れない可能性も・・・




クルマを停めて、廃道へと乗り出すチャレンジャーたち。
簡易三脚がぶっ壊れてしまって(あきばお〜め・・・)仕方なく地面置きで撮ったこの写真だが、旧道感が出ていて非常に良かった。
これより、隧道以降はすべて廃道となる。




アクセスは東京方面から(反対側は山梨方面)。クルマを停めた位置からは隧道は近い。カーブを一つ曲がるだけだ。
そしてこの倒れかかった標識が見えると、隧道は目と鼻の先。
この倒れかかった感じも、6年前と変わっていないように思えるのだが・・・




「旧雛鶴隧道」1934年(昭和9年)竣工 高さ3.5m 延長252m 幅員は不明。
6年ぶりの対面だ。そして、季節柄藪が濃い以外は特に変わりがないようにも見える。
ここは日帰り圏内にありながら、安全に廃隧道を経験できる好スポットだ。
某廃道本にもバッチリといい写真が載っている。
周りの雰囲気といい、隧道自体といいかなり素晴らしい廃隧道だ。ちなみに東京側抗口に名前を記した扁額は見あたらない。




この立ち入りを制限する柵部分も、変わりがない。
6年という長い歳月だが、人が立ち入ることが極端に少ない旧道部分の劣化は、最小限で収まっているようだ。向こう側に光がしっかり見えるので、通じているようだ。
ひとまず安心である。
この、柵の真ん中に開いた部分から身をかがめて隧道内に進入できる。

この旧雛鶴隧道は、二つの顔を持っている。
下の写真で一目瞭然だろう。




入り口と出口付近は、コンクリートで巻いてある現代的な作りであるが、中間部分だけは地山むき出しの素堀隧道となる。
実はこういう作りは昔の隧道ではよくあるのだが、いかんせん現役道路の隧道となるとオールコンクリートが圧倒的主流である。故に、珍しいかもしれない。
ちなみに、隧道内は真っ暗闇なのでライトは必携である。
所々壁が崩落しており、足下の石や頭上からの落水にも警戒した方がいい。




隧道内で声を発するとものすごく響き渡る。
人気のない廃隧道内ならなおさらである。真っ暗闇で声がやたら響くという、通常あまり体験しない「ならでは」の感じを味わった後、反対側へ抜けた。
旧雛鶴隧道、山梨側(都留市側)抗口。
こちら側にはしっかりと扁額があり、左から「雛鶴隧道」と書かれているのがわかる。某廃道本には、こちら側の写真がでかでかと載っていた。

さて、山梨側はわりと廃道部分が多いので、歩いてみることにしよう。




「都留市」と書いたプレートが、逆方向を向いてしまっている。こちらに誇示してもしゃーないだろうに・・・
そして6年前はここに確かにあった「白い廃車」が跡形もなく消えていた。市が処理したのだろうか?(ここは旧県道だから県かも・・・)
それにしても、隧道前は土の体積があるとはいえかなりの藪だ。夏に廃道に来ることはいろいろな意味でリスキーである。




雛鶴を通る山梨県道35号線の廃道区間。
ここは前回の神奈川県道515号に比べれば遙かに歩きやすい廃道だ。まああちらはかなり「キテる」廃道なのであたりまえなのだが。
散歩がてらのような気楽な気分で歩く。
ガードレールに残された役目を果たしていないデリニエータが、植物に絡まれて美しかった。




心癒される廃道風景。
自然に帰りつつある、かつてのメインロードから視線を上に移すと、山間に走る一つの送電鉄塔が・・・
こんな風景を求めて、我々は廃道を訪ねるのかもしれない・・・




廃道区間は思いの外長かった。
我々はとあるカーブにあるこの「謎の廃屋」を折り返し地点にして戻ることにした。
この廃屋・・・謎だらけだ。廃道区間にぽつねんとあるだけなのだが、そう古くは見えない。そして、窓ガラスから扉、窓枠まですべて石のような固いモノで傷がつけられている。
中にはキッチンのようなものが見えたので、コテージのような感じだろうか?こんな人里離れた道路脇に?一軒だけ?
・・・ますます謎であった。

そんな感じで懐かしき旧雛鶴隧道を後にするのだった・・・


この次は昼飯&温泉にありつくため、大月まで出て、そこから国道139号線を北上。
途中で狭いワインディングの先に首都圏型ダム「葛野川ダム」がある(前に訪問済み)が、この狭いワインディングを経由する新道が建設中であった。
そして、丹波山温泉「のめこい湯」で休憩、午後の部と相成ったのである。

さて、午後は奥多摩方面を攻めた。その記録は後編に紹介するとして、ここではその後に訪問した、廃道ツアー最後の訪問となった地を紹介する。
ここは某淳二がテレビで「心霊スポット」として大々的に紹介したために、若い連中が殺到してしまった悲運の超有名廃道なのである。


まずクルマで現道を速やかに通過。新隧道を抜けてすぐに旧道入り口があるのだ。
クルマをゲート前に停車。




降りて歩くと・・・ものの1分も待たずにそれは姿を現す。
お手軽すぎるのも、肝試し連中に人気だった理由かもしれない・・・




「旧吹上トンネル(吹上隧道)」1953年(昭和28年)竣工 高さ4.2m 幅員5.5m 全長245m。
この隧道も雛鶴と同じく、廃道本にでかでかと載るほどに有名かつ、雰囲気も素晴らしい隧道だ。
今も歩行や自転車は行き来できるので、厳密には廃隧道ではない。しかし、車を通す県道としてみれば廃隧道である。
(かつてσ(^^)はここをバイクで通り抜けたし・・・)
埼玉側抗口。扁額もしっかり残っている。




さほど古くない隧道のためか、内部は崩落もなく上々。すべてコンクリート巻きで雛鶴に比べればなんてことはない、古いトンネルくらいの感じだ。
地味に電気も通っていて、照明も所々ではあるが点灯している。このあたりも廃隧道とは違う雰囲気だ。まぁ、照明が少しばかりあっても、不気味なたたずまいに変わりはないが・・・
道路部分はすべてアスファルト、やや濡れた感じが写真からも伝わると思う。




反対側(東京側)抗口。こちらもなかなかの雰囲気だ。
現在も車以外ならば一般的に使用可能だが、東京側の廃道区間の長さと、独特の(心霊スポットに選ばれたほどの)不気味さを持つこの吹上隧道。果たして日常使いをしている人がいるのか、は甚だ疑問である・・・




吹上峠を通る東京都道28号線の旧道(廃道)区間。
様々な、現役都道だった名残の看板や標識といった遺構を目にすることができる。
この看板は「車はこの先通り抜けできません この場所で折り返してください」とある。ツタに絡まれた感じがナイス。




覆い被さる緑に浸食されつつある、三連標識と道路灯。
ほどよく時の流れを感じさせる。この旧道は昭和60年まで使われていたから、さほど古いものではない。
ああ、いい感じだ。体の疲れを引きずりながら(詳しくは後編にて)もシャッターを切る腕に力が入る。




同行のMKtin曰く「廃カーブ」。
うむ、なかなかいいネーミングだ。長い間タイヤを通していない路面は雨水の流れた後がそのままに、そして周囲は少しずつ緑の領域へと・・・
ちなみにあのガードレール部分は、両端にあるはずのガードレールが片側に寄せられていたものだった。何のために、だろう?


さて、吹上を知っている人ならわかるだろうが、吹上隧道探索はこれで終わりではない。
そう、かつても踏破済みだが、この吹上には「旧旧トンネル」が存在するのだ。
夏という緑覆い被さる中、我々はついにその道跡を見つけた。




日が落ちようとしていて暗い中、さらに森の中を行く。
・・・ここが明治時代の道、都道28号線の旧旧道である。

写真がぶれまくりなのは、暗さに強いメインデジカメであるX10が電池切れを起こしたため、やむなくこの吹上のみ、サブカメラのCX4に換えたためである。
暗くジメジメした道を、藪をかき分けながら進む。途中に倒木もあり、旧旧道と知らなければ絶対通らない獣道だ。

そして、ついにたどり着いた。




「旧旧吹上トンネル(旧吹上隧道)」1904年(明治37年)竣工 高さ3.6m 幅2.8m 全長120m。
首都圏において貴重な煉瓦巻きの明治隧道だったが、やはり調べたとおりに鉄板で塞がれている。
この隧道、6年前にやはり訪問しているが、その時は問題なく通行できた(当然立ち入りを制限するフェンスはあったが)。
しかし今やこの厳重な封鎖態勢である。




近づいてみたが、溶接により完全に封鎖されていた。
肝試し軍団の騒ぎが原因(近所に住人がいるため)かと思ったが、どうやら内部崩落による危険のためであるようだ。
確かに6年前もかなり内部はひどい様子だった記憶がある。
にしても、貴重な煉瓦巻き明治隧道が・・・もったいない話である。

つぅか、ここはものすごく蒸し暑く、藪のまっただ中なので虫がひどい!とっとと退散だ。




ただの獣道にしか見えなかった旧旧道だが、帰り道に藪の脇から覗いてみると・・・
確かに道であった痕跡がある。路肩を構成する石垣だ。
それもそのはず、この道は旧道が完成する昭和27年まで現役で車も通していたんだから・・・

現状ではちょっと信じられないが・・・




だってこれが旧道から旧旧道へ入るアプローチルートだぞ??
ていうか、道の痕跡、わかる?
これが道だとわからないと、少なくとも東京側からは旧旧トンネルにはたどり着けないのだ。
冬なら下草が枯れてわかるかもしれないが、夏は上級者向けである。




これですべての探索を終えた。
我々は、一息つきながら水分補給をした。もう夕方だというのに、なんて暑いんだ・・・
現道である新吹上トンネルを眺めながら一服するのだった。

この後、MKtinが財布を無くすというトラブルがあったのだが、それはまた別の話である・・・


今回訪問した隧道たちは、以前にも訪問した、σ(^^)にとっては懐かしの隧道群であった。
その姿がこれ以上変わることのないように願いたいものだ。どちらも、廃隧道としても廃道としても、なかなかの雰囲気だからである。



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次回は、後編として奥多摩編をお送りする。
(長文雑記は時間もかかるし、疲れる・・・('A`)y-~~~)

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■2012年08月20日(月)  夏の廃道ツアー前編「神奈川県道515号線」
ふ〜。最近暑すぎてパソコンつけてる時間も短くなったくらいだ・・・
そんな感じで、ようやくこのレポに取りかかれる。ツアーは8月16日に敢行した。

そう、あれは暑さでうだる午後だった・・・
仕事で体中にまとわりついたべたつきを厭々しく思いながら、こんな時、でかけるとしたら・・・という思いにふけっていた。
その時、ふと思い立ったように口に出た言葉があったのだ。

「そうだ!廃道に行こう!」




午前4時半に今回の相方、前回マニアックツアーの同志でもあり、スイフトスポーツ・MspecのオーナーでもあるMKtinと待ち合わせた。
天候は上々の見込み。ただし、お盆真っ最中である。猛暑が心配だが・・・
早朝に混雑する部分を通過してしまいたかったので、早速出発だ。道は当然のように空いていて、クルマは津久井湖を目指してぐんぐんと目的地に近づいていく。




国道413号から城山ダム方面ではなく、県道513号へと進路をとる。
この道にはいると、少しずつ山岳道路っぽくなっていく県道を感じながら走ることができるのだ。
途中で写真の「岳雲沢隧道」を通るが、その時に初めて高さ3.8mの制限標識を見つけることができる。まぁ、高さ3.8mなんてのはわりと一般的にある制限なので気にしない。
それよりも、こんな何でもない隧道が勝手に心霊スポットにされていることの方が気がかりである。




県道513号をひた走っていると、カーブにさしかかると同時に、前方に分岐が認められる。
この小さな市道のような分岐には、先ほどとは全く違う、異質な制限標識が示されている。
「幅制限1.7m この先700m」
1.7mなんて幅制限は生まれてこの方初めて目にした。
今の自動車はほとんどが3ナンバーになっているが、この3ナンバーの用件の一つに「幅1.7m以上」というものがある。すなわち・・・
この先、3ナンバー車は一切通行不能、ということになるのだ!

そして、ここを起点に始まる道こそが、目指していた「神奈川県道515号 三井相模湖線」なのである。




幸いにもスイフトスポーツは5ナンバーである。幅も169.5cmとギリギリ制限内である。
それにしても、どう考えても県道のスペックではない。
この先の住民のためにしつらえた市道、もしくは私道のレベルである。県道と知らなければとても入らない・・・いずれ個人宅で行き止まりになりそうな、そういう道である。
早朝から行動している住民の人々からやや怪訝そうな視線を受けたのは言うまでもない。
そして、住人がいるからこそ、早朝にここにやってきたのである。

だが、ここもまだ・・・この県道の「ただの」導入部分に過ぎないのである。先ほどの制限標識は「この先700m」と書いてあったではないか。

・・・この後、とうとう真の「県道515号」が我々に牙をむく。




通行注意を促す電光掲示板とともに、この先雨量が多い場合は通行止めになる旨を書いた神奈川県の警告看板が目に付いた。
にしても時間20mmで通行止めか・・・ゲリラ雨降ったら終わりですね。
しかし、こんな狭小道路にご立派な電光掲示板があること自体、浮いてしまっている。

そして行く手を見ると・・・




キタ―――――――――――――
極狭ゲートに行く手を阻まれた。
見ての通り、これまでの狭小道路の比ではない、凄まじい狭さの崖道がこの先の「県道515号線」なのである!!

これは・・・通れるのか・・・




スイフト、ギリギリ突破だ!
ちなみに、道に対してずいぶん狭いゲートで「大げさな・・・」と思う人もいるかもしれない。しかし、このゲートの狭さは実際の道幅とイコールなのだ。それはこの先でわかる。




神奈川県、やりおるわ・・・これが県道とは・・・
道の狭さが全く変わらないままカーブにさしかかるため、実質的に先ほどのゲート幅のクルマじゃないと通行は無理だとわかる。

ベテランドライバーのMKtinもかなり怖々と運転している。いや、助手席から見ても相当にはらはらする道である。抜けられると地図上ではわかっているが、もしも不意の落石か何かで道の少しでも塞がれていたら・・・
完全アウトなのである。
そのうえ、この道は一方通行ではないため、対向車が来たら地獄絵図必至である。待避場所も設けられているが、バックは絶対したくない道だ。




途中、ガードレールが新しくつけ変えられていた。
このあたりの整備の良さは神奈川県道の面目躍如と言ったところか。
しかし・・・付け替えられる前に事故が起きたのではないか・・・と考えると、進行中の我々は心中穏やかではない。

やがて・・・入り口と同じ「1.7m制限ゲート」をくぐって、極狭県道は集落へとたどり着いた。
やっとの思いでたどり着いたそこは・・・未だ中間地点だ。
この先は車では通行できない。何とか停める場所を探さなければ・・・しかし、集落の中、民家しかない場所で駐車スペースを見つけるのはなかなか難しい。

この後、駐車スペースを探しているときに、地元民のおっちゃんから「こんなところで何やってんの?」と聞かれた。
「この先の道に行きたくて、駐車スペースないですかね?」と答えると、「この先、道行けないよ。」とのこと。
当然「知ってます。」すると面食らったように「じゃあ何で来たの・・・」我々は少しもひるまず「そういう道が好きなんすよ!」
結果、(半ばあきれながら)駐車スペースがあることを教えていただいた。おっちゃんサンクスである。

さて・・・いよいよ、県道515号の「不通区間(廃道)」へと突入する。
(つうか、今までので終わりだったら廃道ツアーにならないではないか!)




ゴゴゴゴゴ・・・
ここからは、全面通行止め区間。すなわち、一般的には開放されない区間である。
神奈川県の文字が入った通行止めを示唆する看板が散見され、その奥には閉じたままのゲートが一機設置してある。
ちなみにここから先の道は、現状だとほぼ半永久的に通行止めなのだが、ゲートは通電しているのが確認された。万が一でもこれから開く可能性は残されているのだろうか。




ゲート奥はすぐに廃道化している。アスファルトが割れ、草が生えた道。ガードレールもこれまで以上に古めかしい雰囲気だ。
その奥、わずかに見える鉄パイプで組まれた柵がある。これ以上入るなという事実上の立ち入り禁止である。

先人たちの足跡によりこの先の風景もある程度わかっているものの、緊張感が増す。
廃の道は管理外・・・スキー場で言えばコース外だ。自己責任。




入ってすぐに、県道515号はとんでもない状態をさらけ出す。
これはひどい崩落だ。斜面が大きく崩れ、路面は埋め尽くされている。
ガードレールがあるからこそ道の跡とわかるが、なかったらただの山道という様相である。
我々は夏という季節に惑わされずに、ちゃんとブーツに長ズボンというスタイルで望んでいる。そして、そのスタイルでないとこの道は歩けないことが後にわかる。少なくとも、盛夏だからこそ長ズボンにブーツが必要なのだ。




この道は見ての通りれっきとした廃道だが、電信柱と電線は現役であり、通電している。
そういう意味でも管理道路としては未だ現役なのだろう。当然、徒歩以外では入れないわけだが。
頭上を覆い尽くす緑と、真新しい電柱がまぶしく映った。




進むごとに「廃」を深めていく道。
この季節に来たから当然なのだが、緑は深く、藪は濃い。朝露が足下をぬらし、行く手には何重もの蜘蛛の巣が立ちふさがる。
何度顔面を蜘蛛の巣が直撃したかわからない。だが今回探索者二人はともにオークリーサングラスで目を保護している。これが意外に助かった。
この写真も、手前のガードレールが見えなかったら山道である。




そんな廃道だが、カーブミラーだけは本来の輝きを失っていなかった。
なるほど、現在はこんな道でも、正式に廃された道路ではない。あくまで落石による一時的な通行止めにすぎないのだ。
だからこそ、カーブミラーは除去されていないのかもしれない。実際、本当に廃道になったらカーブミラーもなくなっていることが多い。
(そのわりには、この道、地図によっては全く描かれていなかったりする)




県道515号を象徴するような写真。
通行可能な時代でさえ、徐行や落石注意の標識は必要だった。それは、今さっき抜けてきた極狭県道にも現れている。
ここはあの狭さほどではないものの、やはり車同士の離合は場所を選ばないと不可能だったと思える道幅しかない。
かつての道(しかも県道)だった痕跡、薄汚れたガードレール、そして朽ちかけた標識・・・我々は、鳥の鳴き声しかしないこの静かな空間で、時折感激の雄叫びを上げていた。




ここが、今回の折り返しポイントだ。これは事前にσ(^^)が決めていた。
廃道である以上、歩き通してもまた同じ道を歩いて戻らなければならない。それに、この先まだまだ訪問する場所はあるのだ。

このポイントは最高の見晴らしだった。
眼下には「幻のダム」と呼ばれる沼本ダム、そして目線をあげれば送電線の主要幹線である「新多摩線」512kvが通っている。
σ(^^)的にはこのダムと送電線を見ることが目的の一つだったため、満足した。




幻と呼ばれる沼本ダム。直下に大型の城山ダムができたために、半水没の状態で稼働している水位調整ダムだ。堤高25.5m(一部34.5mとの情報もあり)の重力式コンクリートダムである。写真で見る限り、ゲートはすべて閉めてあるようだが・・・半水没状態のためここからは確認できない。
そもそも発見しづらいというか、場所を知らないとまず見ることができないことから幻とも呼ばれるが、この方向からの眺めは・・・廃道を来た人間しか味わうことはできない。

それにしても、水面に綺麗に反射した沼本ダム。まるで上下合わせた姿が宙に浮いているように見える。逆さダムとでも言おうか。まさしく、早朝の光の加減と、ほぼ無風状態だった気象条件が合わさってこそ見られる素晴らしい姿である。

我々はこれにて県道515号線の探索を終了とし、引き返すことにした。現在時刻は7:24であり、廃道区間に入ってから1時間が過ぎようとしていた。




帰り道も長々と歩く。この盛夏の時期に藪の中を歩くのだから、早朝で大正解だったと思う。まだ気温が低いこの時間帯でさえ、結構な汗をかいた。陽の高い昼間などは決して歩くべきではない。

写真左は沼本ダム近くにあると考えられる「三井用水取水口跡」の看板。そこから崖を降りる鉄パイプで組まれた階段を見つけたが、夏の藪の深さと、時間的問題で今回は降りるのを見送った。
(後にわかったが、この取水口は明治時期に施設された、日本初の近代水道の跡地らしい・・・いけばよかったかな)
写真右はこの県道515号の歴史をかいま見ることができる写真だ。コンクリートで固められたガードレール基礎の下には、見事な石垣が存在していた。今となっては廃道であるが、以前は主要道路であったことがわかる。

余談だが、この道のガードレールは非常に丈夫であり、巨大な落石もガードレールによって防がれている場面が多々あった。そもそもそういう規格なのかもしれないが、この道と出会ってから、初めてガードレールに対する畏敬の念を抱くに至った。

かくして盛りだくさんであった「神奈川県道515号 三井相模湖線」を終わることになるが、この県道、ものすごくお勧めである。
現役の狭小〜極狭というたぐいまれなスペックと、廃道区間のハイキングがてらに味わえる素晴らしい廃道環境(なんだそりゃ)。当然表面上は立ち入り制限されている区間なので行ってこいとはいえないが、神奈川県内にこれほどの県道があったとは、本当に驚きであった。
(MKtin曰く「下手なテーマパークより面白い」はσ(^^)も深く頷ける発言だった)



次回以降も、廃道ツアーの模様を書いていこうと思う。
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■2012年08月13日(月)  誕生日会合
昨日、親戚の誕生会をやるというのでちょっと東京までお呼ばれしてきた。
プライペーターでアービター(謎)な日記雑記なので、さらっと書き記す。

とにかく、蒸し暑い!
曇りがちな朝はまだ良かったが、昼に近くなるとギラギラ太陽、気温ぐんぐん急上昇さ!
でも、電車内はクーラー効きまくりなので・・・暑かったり寒かったり・・・




とりま、ビールで喉を潤す。
横浜の外れであるσ(^^)ンチから新宿近くの親戚の家までは、普通列車利用だと歩き含め2時間以上かかるんだYO
・・・にしても、昼からビールってなかなかないことである。




缶ビールもいいけど、こういうときは特別なビールもいいよね!
・・・とベルギービールを買ったはいいものの、缶ビールをだいぶ飲んでからこいつを開けたもんで・・・いまいち味わえなかった。残念。味はフルーティで苦みが弱いため、日本のラガーを飲んでからだとインパクトに欠けるかな。これ自体はうまいビールなんだけど。




従兄弟が所持していて長年行方不明だったoakleyのオールドモデルにしてただいま人気絶頂の「ROMEO」が見つかったとのこと。
σ(^^)所有の「JULIET」と比べてみた感じ。ROMEOはミッション・インポッシブル2で流行って、その後わりとすぐに廃盤になった伝説のx-metalなので今になってから大人気なのだ。
カラーは「Brown/Goldiridium」フレームカラーもレンズも現在のオークリーにはラインナップされていないものだ。




フレーム比較。
JULIETは基本ストレートステムだが、ROMEOは全色ハンマーステムだ。このツルの部分のイカツイ感じも人気の秘密。
あいにく10年以上前のモデルだし、保管状態も「どこに行ったかわからなかった」というものだったため、x-metal刻印のある純正レンズには多数の傷がくっきり・・・フレームもサビらしきモノが見られた。
しかし、今や社外パーツには事欠かない状態なので、磨いたりレンズ付け替えたりすれば、もっと美しく蘇るのは間違いない。




題名「x-metalとボク」photo by tomo
変顔で撮られてみた。個人的にはフレームを磨いてブルー系のド派手なレンズでカスタムしたい感じだ。
まあ、日本人顔にもわりと普通にフィットしてそこそこに合う感じ=JULIETで、ウルトラマンフェイスになるけどインパクト抜群で目立ちたい感じ=ROMEOという図式かな。めがねフレーム以外のoakleyをする時点である程度インパクトのある顔周りになるから、あえてレアなROMEOで普段使いするのもアリだとは思う。

・・・あれ?いつの間にかoakleyのレビュー記事になっとるがや!

まぁ、親戚皆元気で、それぞれに夏を過ごしている感じだった(←感想になってない)。
あたしゃもう夏の暑さはコリゴリって塩梅ですが・・・これからも暑いって?ヤメテー




離れたところに鎮座していたゴジラ「・・・おいらも輪に入りたかったお」

帰りは酒が入ってたので、かったるく帰りたくねぇっつーことでグリーン車&タクシーで快適に帰りましたとさ・・・高かったけどよ。
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■2012年08月09日(木)  家族3世代の夏休み〜横浜編〜
あのなぁ。
こういう日記みてぇな形式っつーのは、記憶の新鮮さが命だ。そして、写真も多く、時間がかかる。
つまり、どういうことかって言うとよ、今書かなきゃどんどん書く可能性は減っていくってことだ。
なんでもよぉ、すぐに記録しておくことに・・・越したこたぁねぇんだよ、わかるか?

そういってアストン爺さんは葉巻を軽く吸うと、飲みかけの安物のワインを喉に流し込んだ。

あとになって・・・後悔しても、おせぇ、んだぜぇ・・・

言いながら眠りに落ちていくアストン爺さんを横目で見つつ、俺は今までお蔵入りになった数々の長編雑記を思い出した。

わかったよ、今、書くんだよな。爺さん。


・・・というわけで後編スタート!(*'д')ゞ

本日は快晴、そして暑い!!まさに真夏日だ。
こんな日は、海風にあたるに限るのではないだろうか?一路みなとみらいへ。




横浜港クルージングの時間まで間があるため、まずは氷川丸に乗船することにした。
σ(^^)も子供の頃からなじみのある船である。昔は船上にしょぼいゲーセンがあったものだ。
そこでエアホッケーをやったことを昨日のことのように思い出す。




永久停泊中の氷川丸をつなぎ止めておく鎖には、ウミネコが等間隔で留まっている。
それぞれ思い思いの行動をしながら人間を警戒するでもなく、毛繕いなどをしている。港の風景である。
こいつらはウミネコ三兄弟と名付けた。「睨みの長男」「眠りの次男」「毛繕いの三男」である。




船内探索。客室からボイラー室までだいたい公開しているが、中には入れない場所もある。オープンデッキは立ち入り禁止だった。
一等特別室には、あの世界一有名な喜劇俳優であるチャップリンも滞在したそうである。




機関室。ボイラー室である。めちゃくちゃでかいクランクが圧倒だ。
刻印にB&Wとあるが、これは音響マニアならご存じの「バウワース アンド ウィルキンス」ではなく、アメリカのボイラーメーカー「バブコック・アンド・ウィルコックス」製を意味する。んなこたぁ言われなくてもわかるか。




さて、いよいよ乗船時刻だ。
今回は写真左側の船「マリンシャトル」でで横浜港を一周する60分クルージングを楽しもうと思う。
右側の船は食事付きのちょっと豪華な「マリンルージュ」である。

以下、船からの風景主体。




船上からの視点で氷川丸とマリンタワーを撮った。

ちょっと愚痴るが、このときは快晴、とても日差しが強く・・・デジカメの液晶モニターが見づらくて使い物にならなかった。そのため、画像確認で「オート」ではなく「マニュアル」で補正をしたのだが、帰ってパソコンで見ると、オートの方が綺麗に撮れていた。補正したはずがダメ写真になっている・・・
最近のオートは十分信用できるようだ。もう、昼間はオートのみでよし。




途中、赤レンガで人を乗せるところ。
赤レンガ倉庫とみなとみらいのビル群を船上視点で捉えた一枚。
まぁ〜なんにしても、こういう場面はX10ですらキツイ。マジな写真残そうと思ったらデジイチが必須である。




その後、港を後にする。
いよいよ外港をまわるツアーに出かけるというわけだ。
まぁ、沖合には出ないですぐ戻るんだけどね。




横浜のシンボル、ベイブリッジをくぐる!
このアングルは船でしか撮影できない。動画も撮ったが、意外と地味だったヽ(´ー`)ノ
横浜ベイブリッジは、主塔の形状から吊り橋に見えるが、実は斜張橋である。主塔から直接張られたケーブルが橋桁を支える。完成当時(1989)は日本最長の斜張橋であった。
ちなみに似ている橋でも、レインボーブリッジは完全な吊り橋である。




次にくぐるのが、鶴見つばさ橋だ。
ベイブリッジの影に隠れてしまっているが、この橋こそが橋桁一面吊りの斜張橋として世界最長の橋(1020m)なのである!
すべてのスペックは横浜ベイブリッジを上回るのだが、いかんせん知名度が・・・
観光地ってそんなモノである。
完成は1994年、薄い橋桁(道路部分)が力学計算されたわずかな曲線を描く様が見事である。




でかい橋に気をとられて忘れてはいけない。
横浜港三大斜張橋(勝手に命名)の最後の一つが、こいつだ。
大黒大橋。桁下18.5m以外のデータがないため、不明である。他2つの橋が高速道路専用橋なのに対し、こちらは一般道橋なので、ここからみなとみらいや花火を眺めるスポットとしては有名なようだ。




船上からの風景を眺める幼児の図。
手すりと窓枠がかなり邪魔だった。しかし、手すりや窓枠がなければ危険なのでこんなポーズはとらせられないだろう。
撮影におけるジレンマである(大げさ)。




帰港する最中に見た、大型クレーンを装備するタンカー。
比較対象がないためわからないだろうが、めちゃくちゃでかい。ハンパない。
右下に見えるミニチュアのような建物が巨大倉庫で、その付近のノイズのようなものが通常の重機だと言えばわかるだろうか。とにかく、港のものはすべてがでかい!
(港によくある赤白の馬、コンテナ用のガントリークレーンは高さ100mあるようだ。1基10億円らしい・・・)

すっかり楽しんでしまった・・・のは大人だけだったようだ。子供は退屈だったようで、なかなかうまくいかないものである。
この後は、マリンタワーに登る!




・・・の前に、マリンタワー一階のレストランでイタリアン。
ここのレストランはテレビ番組で紹介されたことがあるとのこと。結構混んでいて、最初はオープンデッキに案内された。
しかし、やがてにわか雨が降り出し・・・屋内の空いた席に通されたのであった。

マリンタワーに登るぞ('A`)y-~~~




マリンタワー展望台から見たみなとみらい側。山下公園がシミュレーションゲームで作った公園のようにキレイだ。
マリンタワーは開業50年以上の老舗タワー。高さ106mで、灯台の役目も果たしていた頃は世界最大の灯台であった。日本光機工業製の106万カンデラを誇る明かり部分は、入り口付近に展示されている。




シースルー床から100m下を覗く子供たち。
何を隠そう、σ(^^)もBrobonも高度恐怖症である。とてつもなく怖い。
なのに、その下の世代は全く怖くないようだ・・・
このタワー、風で揺れているようでとにかく滞在中怖かった。不安恐怖である。
ああ、オレってスカイツリー無理だな、と思ったひととき。東京タワーは比較的大丈夫だったんだけどな・・・?

さて、マリンタワーから降りて帰宅。
今夜は、先日の温泉滞在時の夜祭りくじで入手した花火をやるのだ。




暗い!カメラには暗すぎる!こういう家庭花火の写真は不可能に近い。
仮にもレンズF値2.0を誇るこのX10ですらブレブレになるのだ。フラッシュなしの写真はもはや不可能と言って良い。
・・・ああ、三脚使えばブレは抑えられるね。人間は動いてるからブレまくりだろうけど・・・




最後は、奇跡の写真でお別れしよう。
何が奇跡って、ちょうどシャッターを切った時に、線香花火が落ちたのである。
そして1/2ととんでもなく遅いシャッタースピードのおかげで、落ちる線香花火がすべて光の筋として捉えられたのである。
手ぶれしまくりではあるが、線香花火の軌跡は明確だ。
奇跡の写真と言うよりは、軌跡の写真か?とにかく、見たときにびっくりした。偶然の産物である。

とまぁ、2回にわたって長文を書いたが、夏休み気分を満喫できた。
大阪に帰ったBrobonも楽しめたようだ。子供たちもなんだかんだ楽しんでいたようで、よかったの一言に尽きる。
こういう「日記」みたいなのは作成中は疲れるが、後になるといい思い出になる。
これはあくまで雑記なのだが、たまには日記もつけてみようと思ったのだった。
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