撮りまくった写真消化週間。
秋マニアックツアーで訪れた日本自動車博物館、そこの車たちは総勢500台以上、あまりの収蔵数故に「フロント以外まともに見られない」ほどの詰め込みっぷりであった。
そんな中でも、個人的に特徴的だった車たちを写真でざっと紹介していきます。
前回紹介したメルセデス・ベンツSL300除く。
なお、展示車のナンバープレートは、生産年を表している。説明不要ですばらしい。
「ジオット キャピスタ」
バブル期に日本のレーシングワークス会社「童夢」や富士重工(スバル)などが共同開発した純国産スーパーカーである。
開発が難航した上にバブル崩壊が重なり、量産されず・・・わずか2台のみが生産された。そのうちの貴重な一台。
2mのワイドボディに600馬力弱のハイパワーエンジン、カーボンモノコックボディなど、その中身は紛れもない公道レーシングカーである。
「ガズ (モデル名不明)」
珍しい共産圏の車も展示してあった。
これは詳細不明だが右の案内板の通り、ソ連時代のジープレプリカ(?)である。安価な金属板とパーツを使用したボディに精度の悪い組み付けが、いかにも共産圏の産物といった印象である。
「ロータス ヨーロッパ」
年代のヒトには超有名な車だ。日本がスーパーカーブームに沸いた折に流行ったマンガ「サーキットの狼」において主人公が駆った車である。
当時珍しい庶民的ミッドシップスポーツカーであり、エンジンは1.6Lと非力ながら軽量なFRP製ボディもあってなかなかのポテンシャルを秘める車だった。
主人公はこの車でフェラーリやランボルギーニなどを相手にして勝利していくが、非力な軽量車がハイパワー車に勝つ、と言う構図は今でいうイニシャルDそのものだと思う。
「シトロエン 2CV」
50年代のフランス、ひいては欧州車史上に燦然と輝く名車がこの2CVだ。
なんと当初は10馬力に満たない(今でいう原付並の出力)エンジン、その独特のスタイリングが嘲笑の的になったものの、結果的にはその後40年間も製造された長ロングセラーカーである。
丈夫で壊れないエンジン、実は使いやすいボディ形状など、フランス庶民の日常の友として歴史を支えることになった。
「デ・トマソ ロンシャン」
アメ車大出力エンジン全盛期において、ヨーロッパを代表したイタリアのメーカー、デ・トマソ。
レーシングカーのメーカーだったデ・トマソが、流麗なボディを持つ市販車「マングスタ」や、未だマニアに大人気の「パンテーラ」で一躍有名になる。
この「ロンシャン」は全盛期後の比較的後期に発売されたモデルで、グリルに輝くメーカーロゴが珍しい。ていうか、デ・トマソはこの一台しか展示はなかった。
「ランチア・フルヴィア」
ランチアもまた同時代を支えたイタリアの名門である。
会社自体は幾度も転売されつつ、そのたびにオーナーを変えつつ存続し続けていた。
ランチアと言えば伝説の名車「ストラトス」をはじめ、比較的目にしやすい「デルタ・インテグラーレ」などラリーカーが有名だが、ここで展示されていたのはそのどれでもない、当時先端であったFF駆動を取り入れるなどした流麗なスポーツモデルであった。
「メルセデス・ベンツ 300」
1950年初頭でロイヤル・サルーンといえばこの300である。名前の通り、先日紹介した名車300SLの基になったラグジュアリーカーだ。
左に置いてあるのは同車のエンジンで、とにかくでかい。こんな物がボンネットに入っているのかと疑いたくなる大きさだ。写真ではまず伝わらない。こんな物が入っている車なのだから相当に巨躯で、見るからに「お金持ちの車」である。
それもそのはず、当時の高級車代名詞キャディラックのじつに数台分というから、驚くべき車だったのである。
「ビュイック リビエラ」
同じ時代、アメリカでは特徴的なスタイルの車が市場を席巻していた。
このビュイックなどその代表的な物で、グリルの形状は後にも先にもこの車だけの大きなチャーミングポイントとなっている。
この時代あたりから車は、大排気量大出力時代に差し掛かっていくのだが、この大迫力のフロントはまさにそんな時代の到来を予感させる。この車を一言で言うなら・・・見た目が道路清掃車?なんか吸い込みそうな感じだから・・・
「日産 スカイラインスポーツ」
日産のスカイライン、そこから派生したGT-Rなどはまさに日本を代表する名車であり、世界的にも超有名である。
このイカツイ目をしたスカイラインはなんと、その初代モデルの「スポーツ」である。当時スポーツカテゴリを担うGT-Rはまだ存在しないため、事実上このモデルがGT-Rの先祖といってもいいのかもしれない。
この4つ目ヘッドライトのフロントフェイスは、比較的地味な国産車においてインパクト十分であった。
「ジャガー (モデル名不明)」
車というのは、その時代を特徴するデザインであり、メーカー問わず外観だけである程度の時代予測ができてしまう。それは現代にも共通で、所謂売れ筋の車というのは似通ってくる傾向にある。
このジャガーも1950年以前のよく見るサルーンなのだが、なにしろそのヘッドライトがあまりにもヤバイので紹介する。
いや、でかすぎだろ!!同世代の車の中でもひときわ大きいヘッドライトだ。おかげで、なんだか素っ頓狂な貌に見える。
「モーガン エアロ3」
イギリスの名門自動車メーカー、モーガン。今はその名前も聞かないが、現在も存続する自動車メーカーである。今もこんな感じのクラシックな手作り車をごく少数、マニアに向けて販売している。そのフレームは今も昔もなんと「木」だとか。いやはや、驚きだ。
このモデルは当時の「三輪車」を代表する名車。90年代にはハイスペックなエアロ8なども手がけたが、本質は嗜好性の高い軽量クラシックスポーツカーのブランドである。余談だが、ハイスペックで現代的ななエアロ8ですら、似たようなデザインだった。
「レオ スピードワゴン」
何故この車を選んだか?・・・そう、遙か昔にアメリカはレオ・モーターカンパニーが制作したこの一台の車が、なんと現代まで密かに語り継がれているからである。
名前に聞き覚えは?
「REOスピードワゴン」80〜90年代に活躍したアメリカのロックバンド。
「ロバート.E.O スピードワゴン」ジョジョの奇妙な冒険に登場する財団および代表人物。
「スピードワゴン」日本のお笑いコンビ。
これらすべてのルーツが「この一台の車」であり、連鎖している。つまりは車の名前からロックバンドが生まれ、そのバンド名からジョジョのキャラが生まれ、そのキャラからお笑いコンビが生まれたのである。
・・・どうです?すごい車でしょ?
「フォルクスワーゲン タイプ1」
もう、言葉はいらないだろう。世界の名車だ。
フォルクスワーゲンという会社はこの車の生産のためにヒトラーによって設立され、1938年の量産以来、実に2003年まで65年間も生産された世界一のロングセラーであり、生産量も世界一である。
ビートル(カブトムシ)という愛称を持つこの車は、当初こそドイツ以外で認められなかったが、結果的に世界的ヒットを飛ばすに至った。日本における同位置の名車「スバル360(愛称:テントウムシ)」はこの車を参考に生まれたことはいうまでもない。
フォルクスワーゲン、すなわち国民車製造社の名に恥じない、ドイツを代表する車である。
「マーキュリー クーガー」
最後に紹介するのはこの異様ないでたちの車である。
60年代から本格的に大排気量、大出力時代に入った黄金期のアメ車そのものを具現化した車である。
4700ccの大型エンジンを、大型でスポーティなボディに搭載したこれらの車は「アメリカン・マッスルカー」と呼ばれ、この後70年代後半まで、エンジンを肥大化させつつこの独自のスタイリングを貫いていく。
なんといってもこのデザインが秀逸だ。四角く、平らで、角張っていて、でかい。ヘッドライトが見えないのもこの時代のアメ車の特徴だ。現在発売されているアメリカのスポーツカーは、この時代のモデルを継承している。ひと目にアメ車とわかる象徴的な車である。
・・・いやあ長かった・・・
ちょっと雑記るつもりが、長々と書いてしまった・・・時間が・・・
そうそう、最後に
日本自動車博物館は、なんとトイレ博物館でもある。
館内のトイレは、様々な国で作られた便器が設置されている。当然、使用可能である。
トイレマニアにもたまらない?・・・そんな場所なのだ。